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百三十五年丸ノ内線

昔の思い出から今の話までいろいろ(1日に何回も更新するよ!)。実体験を元にしたコスメ話や脱毛・育毛話など。ニッポンゴムツカシイ

サービス/【第26回】短編小説の集い(今回のお題は師走)

novelcluster.hatenablog.jp

 

「サービス」

 :::

 

二人のサラリーマンが喫煙所にいる。
正確には、一人のサラリーマンはJPSというタバコを咥えて、今まさに水色の100円ライターで火をつけようと奮闘しているところ。
もう一人のサラリーマンはKIRIN FIREディープブレンドという紫色の缶を両手で挟んで持ち、右手の人差し指で缶の表面のデコボコを触っているところ。
煙草に火をつけようとしているサラリーマンの名前は清水。
缶コーヒーを持っているサラリーマンの名前は安田、という。
「安田くんさぁ、ライター持ってない?」
清水はなかなか火のつかない水色の100円ライターの石をジ、ジ、と何度も擦っている。
「ぼく、煙草やめたんだよね」
安田は遠い目をして、狭い喫煙所の黄色くなっている仕切り壁を見つめた。
喫煙所は外だった。
メインの入口の横にあるアルミ製の細いドアをくぐって通路を5mほど進み、右に折れると通用口がある。
残業や早朝出社をした社員や、掃除のおばちゃん御用達の出入り口だ。
その通用口の手前に円筒形の銀色の灰皿が一つ、ポツンと置いてある。
元は白かったのであろう建物の壁は数多のサラリーマンやOLたちの吐き出す煙によって茶色くヤニがこびり付いていて、手入れがなかなか行き届かない壁の上部は茶色具合が顕著だ。
ビルとビルの間の幅2mばかりの通路は非常階段の影でもあるので雨ざらしではないが、時折強い風が通り抜ける。
灰皿の周りには薄く灰が散らばっていた。
「僕は今、とてもみかんが食べたい」
ズズッとコーヒーを啜って安田が言う。
清水はまだライターをジ、ジ、と擦っている。火は点かない。

どの会社も12月は忙しい。年末年始の短い休みを何の気兼ねもなく楽しむために、仕事を片付けるせいだ。
そんな短い休み中に小さな楽しみを作り出す、というコンセプトのもと、二人は会社にいる。
「だいたいさぁ…誰だよ、俺らに更新作業を割り振ったのは」
清水は仕事への不満とライターの火が点かない苛立ちを交えて吐き捨てた。
「うーん、僕たちだねぇ」
安田がまた缶のデコボコを右手の人差し指で撫でる。
清水と安田は同じ会社のプロジェクトマネージャーと総務課長だった。
部下やチームメンバーに休みを取らせるためという表向きの理由と、妻の両親と同居中でなるべく家に居たくないという清水の隠れた本音によって、中間管理職の彼らが12月31日の午後10時28分ここにいる。日付が変わる瞬間にウェブサイトの更新をするために。
リモート操作でも良かったんじゃないか、自動更新をすればいいんじゃないか、という提案もあったが「セキュリティとコストの問題と、12月31日の23時半頃から1月1日の7時まではシステムが不安定になるので」と清水が一蹴した。
安田は清水に付き合わされている。分かりやすい文句は言わない。が、分かりにくい苦情はチクチクと言う。
更新を行うだけの作業なので日付が変わる時間まではやることがない。
二人が決めた集合時間は22時半だった。

二人ともまだ出社していない。通用口の前で会ったのでそのままここにいるのだ。
「清水くん、知ってる?」
清水がライターから安田に視線を移す。
「使い捨てライターには、なぜ真ん中に仕切りがあるのでしょうか?」
安田はたまに唐突にクイズを出す。
「ガスの容量をごまかすため?」
フッフフ、と安田が口の中で嬉しそうに笑った。
「正解はガスの圧力を逃すためでしたー」
「あー」
清水は手の中の水色のライターを見つめた。仕切られた左右の小部屋に入っているガスの分量はバラバラだ。清水はそれが妙に気になってガスを左右同じ量にしようと斜めにしたり逆さまにしたり手の中でライターをくるくる回し始めた。
「円筒形のライターには仕切りがないんだなぁ」
そんな清水を見るともなしに、補足情報として安田が呟いた。
「じゃあ、小林幸子の紅白連続出場回数は何回でしょう?」
ライターを弄びながら清水が安田クイズに対抗する。
「33回。初出場は昭和54年だったかな」
安田が即座に答えた。
小林幸子は結婚して林幸子になったけど、苗字が出世したねぇ」
安田補足情報は清水クイズに対しても出るようだった。
「じゃあ更に出世すると大林になるのかね」
「いや、大森になるんでしょう。離婚して大林さんと結婚して、離婚して森さんと結婚して、離婚して大森さんと結婚したら大森幸子になって大出世」
「ブリみたいだ…」
「旬だねぇ」
安田の大森幸子計画を聞きながら、清水はまだガス室分量同一化計画を遂行している。

弱い風が二人のコートの裾を揺らした。
遠くからゴーンという鐘の音が聞こえてきた。オフィス街のどこかに寺があるらしいが、二人とも正確な場所は知らない。
「煩悩が108つしかないというのは誰が決めたんだろうねぇ」
「足りるかね、108程度で」
「足りないだろうねぇ…。僕のこのみかん欲でしょう?お蕎麦も食べたいし、ブリもいいねぇ…3日で108個くらい食べたい物が出てきてしまうよ」
「それは食欲でいいんじゃないの?」
ボ、と音を立てて清水のライターに火がついた。安田はハッとした顔で清水を見ている。清水のガス室分量同一化計画は無事に終わったが、着火した衝撃でまた左右のガスの分量は変わってしまった。
清水が咥えっぱなしだったタバコにようやく火をつけて吸い込む。
「今、僕は、清水くんに対して、抱いて、という気持ちになったよ」
「やめろ、気持ち悪い」

「今日、夕飯食ってきたの?」
トン、と清水がタバコを灰皿にぶつけながら聞いた。
「生そばがあったねぇ…」
はぁ、と安田がため息をついた。安田は空腹時、無意識にため息をつく。
それはチームメンバーのみならず、社内で安田と仕事をしたことがある人間ならば誰でも知っていることだった。
「時間あるし、コンビニに行ってきたら?」
安田はまた口の中でフッフフ、と笑って背中のデイパックをポン、と軽く叩いた。
その動作だけで、新婚家庭の愛情表現を清水は思い出した。
「清水くんの分もあるよ。いらないだろうって言ったんだけどね、もし清水くんがいらなかったらシュウちゃんが食べてって」
安田の妻は安田より二回り近く年下の可愛らしい女性だ。春にあった結婚式では、「なぜこの嫁がこの男を…?」と招待された会社の同期全員が首をかしげたという。
一部では安田の資産目当てなのではないか、と口さがない噂まで立つほどだったが、安田に莫大な資産など無い。
安田は年下の嫁を溺愛していて、「僕の可愛い奥さん」と携帯の待受にしている。来年の夏には第一子も生まれる予定だ。
清水の眉間に軽くシワが寄る。
「食べてきたの?」
安田が少し不機嫌な顔になった清水に聞く。清水は首を左右に小さく1度だけ振った。
「じゃあ、僕の可愛い奥さんが作ったおいしいおにぎりをわけてあげよう」
「その『可愛い奥さん』っていうのは絶対言わなきゃならないわけ?」
「だって可愛いか可愛くないかを聞かれたら可愛いんだから可愛い奥さんって言うべきでしょう」
可愛いか可愛くないかは聞いていないのだが、と清水は思いながら安田のデイパックを見つめた。
「清水くんの奥さんは美女だね」
安田が唐突に言った。
「いやぁ…もう崩れてるよ」
清水は毎日見ているはずの嫁の顔を思い出そうとしたが、なぜだか嫁の顔の細かい部分がよくわからなかった。
清水はぼんやりと自宅の新築祝いのことを思い出していた。安田もお祝いに、と訪ねてきたのだ。キッチンからリビングへ料理を運ぶ妻と、自分の部屋を与えられて喜ぶ娘たちの姿が清水の脳裏に思い浮かぶ。あの頃の嫁は綺麗だった気がする、と思いながら。
だが、二世帯住宅とはいえ土地は義父の名義な上、建築費用も7割ほど義理の両親が負担したことは小さな棘のようにあの頃から清水の心に刺さったままだ。
そのお陰で清水が同年代より少しいい生活を送っているのも事実だったが。
「全然崩れてないよ、この前もジャスコに送ってったけどね?」
「は?」
ジャスコ。僕の奥さんと清水くんの奥さんで買い物によく行ってるよ。ほら、僕の奥さんは実家が遠いでしょう?だから清水くんの奥さんに色々アドバイスを貰ってるんだよね」
安田の嫁は確かに実家が遠い。だが、なぜ安田の嫁と自分の嫁が仲良くしてるんだ?嫁からもそんな話は聞いたことがないぞ、と清水の頭の中は急に忙しくなった。
「いつも清水くんの奥さんにはお世話になってるからね、たまには僕も役に立たないと。あ、もちろん清水くんにもお世話になっているからね、今日は清水くんに付き合ってるというわけ」
「聞いてないぞ、そんな話」
「言ってないもの」
「言えよ」
清水が2本目のタバコに火を点け深く吸い込んだ。暗い夜の空に煙が流れていく。

除夜の鐘が鳴り続けている。23時を少し回ったところだ。
閑散としたオフィス街のビルの、無数にある窓の一つに明かりが灯ったが、室内の空気は冷たい。
安田がデイパックからおにぎりを3つ取り出し、机の上に並べ、給湯室へ入っていった。サランラップに包まれたおにぎりには可愛らしいマスキングテープが貼ってあり、可愛い文字で『たらこ、しゃけ、昆布』とそれぞれ書かれていた。清水は即座に『たらこ』を手に取った。
「動物性蛋白質と植物性蛋白質を一つずつ残してくれるなんて、清水くんはなんて優しいんだ!」
戻った安田が緑茶の入った紙コップを清水の目の前に置く。安田の好物はたらこである。
清水が1つ食べ終わる間に、安田は2つのおにぎりを平らげて緑茶を啜っている。清水のかじったおにぎりから覗いたたらこは、安田の好み通り、半生になっていた。
「僕はたらこについては少々うるさいからね」というのはいつかの安田の言葉で、結婚してから持参するようになった弁当は彩りが良く、一緒に休憩をする男性社員を羨ましがらせていた。
食事が終わった安田は、スマホでメールを打っている。宛先はもちろん可愛い奥さんだ。
「ラブラブだのう」
清水が茶化すと安田はニヤリ、と笑った。
「清水くんも奥さんにメールをしたらいいよ」
結婚して20年以上も経っているのに今更、と、清水は返事をしなかった。

23時40分。除夜の鐘はオフィスにもうっすらと聞こえてきている。
「そろそろ準備しないと」
安田が椅子から立ち上がる。作業者は清水なので、安田は完全に清水の暇つぶし相手なのだが、やる気があるのは安田のほうだった。
安田は更新作業を行うパソコンの前へ立ち、清水の到着を待っている。無事に終わればよし、万が一トラブルが起きれば朝まで対応予定だ。ウェブサイトの静的ページの更新だけなのでトラブルが起きるほうが難しいのかもしれないが。
最も、トラブルが起きようと起きまいと清水は安田をなるべく長く付き合わせる気でいた。安田の帰りを待っている可愛い奥さんに申し訳ない気持ちは感じるが、いつも自慢話とノロケ話を聞かされている代償だ、と意地の悪い考えがあった。
それに電車は動いているが、浮かれた酔っぱらいやカウントダウンイベント帰りの若者に揉まれるのはまっぴらだった。
「よっこいせ…と」
清水がやる気無く椅子から立ち上がりかけたとき、ポケットの中でスマホが震えた。上司からの確認メールか?それともどこかの店のダイレクトメールか?と思いながら画面を見ると、嫁の名前が表示されていた。
清水の嫁はいつも無題でメールやLINEを送ってくるため、中を見ないと用件が分からず、面倒くさくもあった。
まったくよう、と思いながらもメールを開くと画像が表示される。
「パパ、がんばって!」
と本文がついているが、写真の中の女性は少し口を尖らせてまるで睨みつけるように未開封の一升瓶を持っていた。
「まーちゃん、大きくなったねぇ」
画面を覗き込んだ安田が清水の背中から声をかける。
米処の大学に通うため、一人暮らしをしている長女の写真。
娘ばかりに囲まれて居心地の悪さを感じている家だったが、幼いころの娘達はママではなくパパのグラスに酒を注ぎたがったことをふと思い出した。
「電車が混まないうちに終わらせるかぁ」
清水の言葉に安田がフッフフ、と口の中でまた笑った。

 

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総文字数:4868文字。

 

 直近の参加した作品

135.hateblo.jp

 

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この小説の振り返り

 

師走…師走ってイヤな響きですね。

なんでか知らないけどバタバタ忙しいし年末に向かってどんどん社内の空気は殺伐としてくるし、一体なんなんでしょう?

という気持ちをぶつけました。

前のお題の「病」でもう一つ思い浮かんでいた話の主人公がおじさんだったのでおじさん欲の高まりを感じて書きました。

なんだよ、おじさん欲って…。

最近のおじさんって若いよねぇ?40過ぎたくらいじゃ全然おじさんって感じしないもの。若い子から見たら30でもおじさんなんだろうけど。そんで街中で客引きのお兄さんに「おねーさん!」って声かけられると微妙に嬉しいお年頃な私も十分におばさんです。悲しい…階段を上ると息が切れるもの。物もすぐに忘れるもの…。

 

私の脳内には明確なおじさん(めちゃくちゃ細かい設定)が居たのだけど、読んで頂いた方の脳内にはどんなおじさん二人が居たのかなー。

 

IT業界から離れて久しいのですが、更新作業って今どうなってるんでしょうね?取材とかするんだろうけど、私の周りにはIT業界の人が現在皆無です。せっかくはてなにブログ持ってるのにね(はてな界隈はIT業界の人しか居ないと思ってる)。

プロマネがいるってことは結構大きいプロジェクトだと思うけど、手動更新かぁ…。ここに監視業務とか2000年問題とか絡めたら「まぁプロマネもいるかもしれないね」ってなるんですけど。

最後の10行くらいで「え、そんな設定があったの」みたいな話をぶっこみすぎました。伏線張って回収、っていうのがどうにも上手に出来ません。行き当たりばったりで書き進めるからだよ。

みんなちゃんとオチから考えてるのかなぁ。私はテーマがあると、まず全体像ではなくて書きたい場面の部品が思い浮かんでくるので、その部品をどうやってつなごうかな、ばっかり一生懸命になります。最終的に出来上がったものがグロテスクだったり歪だったりすることが多いので、そうならないように気をつけました。

三人称の視点を注意して書いていますが、過去の文章を見ると必ずどちらかの視線を通して書いてしまっているので、そこも気をつけました。

気をつけられてるかな、気をつけられてるといいなぁ。

あと、今回何故か妙に突っかかる部分がありました。サラっと読めないというか…。推敲しすぎてわけわかんなくなって投げました。どうも、私は主語から書くのが苦手なようです。

 

いつも書き上がったらそのままUPしてしまうことが多いのですけど、今回はついては一晩寝かせて翌朝見直して言葉の入れ替えとかをしました。

誤字がないといいな…ありませんように…。

 

またお題が欲しくなったらブログ覗いてみます。しばらくは物語形式の文章はいいや。