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百三十五年丸ノ内線

昔の思い出から今の話までいろいろ(1日に何回も更新するよ!)。実体験を元にしたコスメ話や脱毛・育毛話など。ニッポンゴムツカシイ

合理的な結婚生活

思い出

中川さんと仕事をすると、中川さんがとんでもなく頭のいいバカ、ということに気がつくまで、そう時間はかからなかった。

 

中川さんは、仕事ができる。

独創的な視点(斜め上からとも言う)で業務の改革や時間短縮を行う。

「だって、つまんないルーチンワークに時間掛けたくないでしょ」

中川さんのスピリッツは私も見習っている。

つまらないことに時間をかけない。

だけど、中川さんはすぐ仕事の締め切りを破る。

というよりも、おそらく忘れている。

 

中川さん連絡帳

 

というのがあったくらい、中川さんは締め切りを忘れる。

つまらない仕事に費やす時間を短縮して短縮して短縮して、実績を作って面白い仕事をしているから、自分が没頭している以外の事は忘れてしまう。

そして、つい今しがたやっていた仕事も、他のもっと面白そうな仕事があるとそちらを先にやってしまう。

 

ある日の朝、私が自席でコーヒーを啜っていると中川さんがやってきて、

スマートフォンにしたんですよ(ドヤ」

と、自慢げに見せてくれた。

「それのカレンダーに締め切り登録してアラーム鳴らせばいいんじゃないですか?」

と私。

ガラケーでもそうしとけばよかったなぁ、と中川さんは連絡帳から締め切りを入力しだした。

 

中川さん連絡帳が消滅した。

 

 

暫くして。

繁忙期が終わり、有志の飲み会・おつかれさま和民会(=和民で飲み会)が行われ、私は中川さんの斜めの席に座った。 

不思議な妖精のような中川さんに、誰が振った話題なのか、彼女の話になる。

中川さんにお付き合いして3年の彼女がいる、と聞いたとき、メンバーは少し色めき立った。

「ボクだって彼女の一人や二人くらい、居ますよ!」

そりゃそうだ。三十を過ぎた男だもの、彼女くらいいたっておかしくはない、けれど、居なくても「ああ」と思える風貌。

隣の席では「実は恋人いました暴露話」が盛り上がりだしている。

私は、妖精・中川さんの話をもっと聞きたかった。

 

今の彼女のことは大好きだけれど、その前にも結婚したい女性がいたんだ、と中川さんは続ける。

「でもね、6年付き合って、1回もちゃんと彼女の誕生日を覚えていられなかったんだよね」

結果、中川さんはその女性と別れた。

きっと、原因はそれだけではないはず、と私は密かに思う。

「女性っていうのは、記念日だとか誕生日だとかクリスマスっていうのを大事にするでしょう?」

「まぁ~…忘れられたら悲しいかもしれないですね」

「ボクは忘れられてても言えばいいと思うんだよね」

「でも女の人の立場からして、覚えていること=愛されてる度合いってフシがありますから」

中川さんはグラスから落ちた水滴をテーブルの上で指で集めるのをやめて

「なるほどね!」

と少しだけ大きな声を出した。

「そうか、覚えていること=愛されてるってことなのか」

「だと、思います…」

私は、隣の暴露話を聞き流しながら、中川さんの作った大きな水たまりを見つめていた。

 

翌年、中川さんが結婚した。

私は部署の企画の「結婚おめでとう和民会」で、中川さんの前の席に座った。

 

「二人の誕生日に入籍したんですよね」

中川さんが少し恥ずかしそうに言う。

奥さんと誕生日が一緒なのだ、と初めて知った。

誕生日が一緒だね、って盛り上がって付き合いだして結婚までしたらしい。

「ああ、それは便利ですね」

「そう!そう!!便利なんだよ!」

中川さんはテーブルを飛び越えそうなくらい、前のめりに私の一言に食いついた。

 

みんな、「運命の出会いだね」とか「珍しいね」とかは言うけど、「便利だね」とは言わなかった。

というか、普通言わないだろう。

頭のいいバカ、の中川さんならきっと、「奥さんと誕生日が一緒=便利」と思うはず、と、私は考えていた。

 

「だってね、自分の誕生日はさすがに忘れないでしょう、例えば車のナンバーだとか、暗証番号だとか、ね」

「暗証番号に誕生日はさすがにやめたほうがいいと思いますよ…」

と、私は言いそびれた。中川さんがとってもニコニコしていたから。

「結婚記念日も、誕生日もね、忘れないから、いいんだよ。ケーキもプレゼントも1回で済むでしょう?」

「しかもホワイトデーも忘れないですしね」

「そうなんだよねぇ!でもバレンタインデーが面倒だから、そこら辺はまとめちゃった」

中川さんと奥さんの誕生日は3月14日だ。

中川さんにとって、3月14日はホワイトデー、というよりも、誕生日のプレゼントをもらう日、という認識が強いらしい。

職場の女性からの義理チョコへのお返しも無かった(翌年から中川さん宛の義理チョコはひっそりと廃止された)。

 

「でも、クリスマスとまとまってたら更に良かったですね」

「クリスマスはさすがに忘れないよ!というか、だいたい平日でしょう?だから忘れててもどうってことないよ」

奥さんとは、どんなクリスマスを過ごしたんだろう?と想像する。

多分、ホテルの食事の予約…なんていうのはしなかったんだろうな。

 

そんな中川さんにお子さんが生まれた。

12月24日、クリスマスイブ。

 

「これでクリスマスも忘れないね!」

中川さんが言うが、私はきっと忘れているんじゃないかな、と思った。

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